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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)3857号 判決

原告

田淵宗範

ほか二名

被告

牛場茂友

主文

一  被告は、原告田淵宗範に対し、一六八万七九五〇円及びこれに対する昭和五九年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告田淵宗範のその余の請求を棄却する。

三  原告鈴木利男、同鈴木照三の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告田淵宗範に対し、一七六五万七一三一円、原告鈴木利男、同鈴木照三に対し、それぞれ二二七万六一八九円及び各金員に対する昭和五九年三月三〇日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五九年三月二九日午後九時四八分頃

(二) 場所 名古屋市熱田区南一番町二二番五号先交差点(以下、「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(名古屋五三ね三九一六、以下、「加害車両」という。)

右運転者 被告

(四) 被害者 田淵昌子(以下、「訴外昌子」という。)

(五) 事故態様 被告運転の加害車両が名古屋市熱田区南一番町交差点方面から港区築地町に進行中本件交差点に進入し、同交差点の出口にある横断歩道を右方から左方に自転車を運転して横断中の訴外昌子に衝突し、同人を路上に転倒させ、被告が同人をそのまま放置し逃走したため後続車両をして同人をれき過させ、もつて脳挫滅創等により同人を死亡させたものである。

2  被害者の権利の承継

訴外昌子の相続人は、同人の配偶者の原告田淵宗範(以下、「原告宗範」という。)、同人の弟の原告鈴木利男(以下、「原告利男」という。)、同鈴木照三(以下、「原告照三」という。)の三人であり、それぞれ訴外昌子の権利を原告宗範は四分の三、原告利男と原告照三は各八分の一ずつの割合で相続した。

3  責任原因

(一) 被告は加害車両を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、原告らの損害を賠償する責任がある。

(二) また、被告は指定速度五〇キロメートル毎時を超えた九〇キロメートル毎時の速度で本件交差点に差しかかつた際、対向して同交差点を右折した自動車に気をとられ前方注視不十分のまま右横断歩道上の安全を確認することなく、漫然同速度のまま進行した過失により折から右横断歩道を自転車を運転して進行中の訴外昌子に加害車両を衝突させ、同人を路上に転倒せしめ、同人をそのまま放置し、もつて同人を死亡に至らしめたものである。

したがつて、被告は、民法七〇九条にもとづき、原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 訴外昌子の損害

(1) 逸失利益 一一八五万二六六八円

訴外昌子は当時六三歳であり、昭和五九年の賃金センサス、六〇~六四歳によれば、女子労働者の平均賃金は二一三万一二〇〇円であり、生活費控除を三割とし、就労可能年数を平均余命の二分の一である一〇年とし(新ホフマン係数七・九四五)とし、左の計算式により訴外昌子の逸失利益を計算すると、一一八五万二六六八円となる。

計算式 213万1200円×(1-0.3)×7.945=1185万2668円

(2) 慰謝料 一六〇〇万円

訴外昌子は左片麻痺により歩行が困難で就労不能の夫宗範をかかえ、その療養看護に努めるかたわら、 民踊指導等により夫婦の生計を支えてきたのであつて、訴外昌子亡き後の夫宗範の生活を思えば、訴外昌子の心痛は並々ならぬものがあつたものと認められ、更には一家の支柱的存在であつたことを考慮すれば、慰謝料は、一六〇〇万円が相当である。

(3) 葬儀費 一九九万八五四〇円

(二) 原告宗範の固有の損害

慰謝料 四〇〇万円

右慰謝料算定の根拠としては、前記の事情のほか、訴外昌子死亡後の昭和五九年五月三一日唯一の介護者を失なつたため、自宅にて転倒し腰椎圧迫骨折等の傷を負い片麻痺のほか下半身不髄のため現在も入院中であることを付加する。

(三) 弁護士費用 一三五万円

5  原告らの請求金額

(一) 原告らは、自賠責保険から合計一二九九万一七〇〇円の支払を受けた。

(二) そこで、原告らは、前項(一)の訴外昌子の損害から右既払金を差し引いた一六八五万九五〇八円と前項(三)の弁護士費用との合計一八二〇万九五〇八円の損害金債権を相続した。

(三) したがつて、原告宗範は、前項(二)の固有の慰謝料金四〇〇万円と、その相続分により相続した右金員の四分の三の一三六五万七一三一円合計一七六五万七一三一円の損害賠償債権を取得した。

また、原告利男及び同照三は、それぞれの相続分にしたがい、右金員の八分の一の二二七万六一八九円の損害金債権をそれぞれ相続した。

よつて、被告に対し、原告宗範は一七六五万七一三一円、原告利男及び同照三はそれぞれ二二七万六一八九円、並びにこれらの各債権に対する昭和五九年三月三〇日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(五)の被告が訴外昌子と衝突後、同人をそのまま放置し逃走したこと及び、そのため同人が死亡するに至つたとの部分を否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3(一)  同3の(一)の事実は認める。

(二)  同3の(二)のうち被告の過失内容については争い、その余の事実は認める。

4(一)  同4については、各損害項目の存在自体については認めるも、その数額については争う。

(二)  被告の主張する損害額は、以下のとおりである。

(1) 逸失利益

訴外昌子の年令である六三歳の新ホフマン係数は、五・八七四であり、生活費控除は四〇パーセントが相当であるから、その逸失利益は七五一万一二〇一円が限度である。

213万1200円×(1-0.4)×5.874=751万1201円

(2) 葬儀費

八〇万円を限度とすべきである。

(3) 慰謝料について

訴外昌子と相続人固有の各慰謝料を合算しても一五〇〇万円が限度である。

5(一)  同5の(一)の事実は認める。

(二)  同5の(二)、(三)の事実は否認する。

三  被告の主張及び抗弁

1  因果関係

(一) 直接死因との因果関係

本件事故については、加害車両以外にも訴外昌子をれき過した車両があつたと考えられ、被告の行為(本件事故)と訴外昌子の死亡との因果関係は希薄である。(この点に関し、鈴木慶三医師作成の昭和五九年三月二九日付死体検案書には直接死因は脳挫滅創とある。ところが、被告に対する本件事故についての起訴状には死囚として内臓破裂等とされており、亡昌子が被告車両と衝突した時点での受傷内容については何ら触れられていない。しかも、前述の死体検案書には、死因外の身体状況について内臓破裂の記載は存しないのである。これらの事実も右主張を裏づけるに十分である。

(二) 被告の救護との因果関係

被告は、本件事故後、救護措置をとつていないが訴外昌子は、加害車両が相当のスピードで衝突したため、ボンネツトの上に乗りさらに跳ね上がるような状態になつたのであるから、すでに加害車両との衝突により即死又はそれに近い状態であつた可能性が高く、仮に、被告が事故直後、救護措置をとつていたとしても、被害者の死亡は避けられなかつたものと思われる。

また、本件事故現場は、夜間でも非常に交通量の多い幹線道路であり、事故当夜もかなり交通量は多かつたのであるから、被告が仮に事故直後に救護措置をとろうとしても間に合わず、後続車両にれき過される可能性が高い状況下にあつた。

従つて、被告が救護措置をとらなかつたことと、被害者の死亡との間の因果関係は否定されるべきである。

2  抗弁(過失相殺)

(一) 訴外昌子は、本件事故現場で横断歩道を渡るに際し、その対面信号が赤であるにも拘わらず横断を開始して本件事故に遭つたものであり、訴外昌子には過失が存する。しかも、事故当時、亡昌子は自転車に乗車中であつて道路交通法並びに交通道徳上、信号を遵守するのは第一次的にして基本的義務であつた。

以上のように、訴外昌子の過失が大きく(基本は一〇〇パーセント)、被告のスピード違反、及び救護義務違反(仮に因果関係が認められる場合)を加算しても、訴外昌子の過失割合は七〇パーセントを下るものではない。

四  被告の主張及び抗弁に対する認否

(一)  全部否認する。

(二)  被告は、高速で横断歩道上の昌子をはねた時の状況では昌子が死に至る重傷を負つたことを認識していたものであり、同人をそのまま放置することのできないにもかかわらず、同人を救護せずひき逃げをしたことは被告の責任の過重事由になるものであり、その後の第三者の行為の介在は被告の責任を軽減するものではなく、同人が死亡したことについての因果関係は存在する。

(三)  訴外昌子は、本件事故現場で横断歩道を渡るに際し、その対面信号が青になつてから横断を開始したもので、訴外昌子には何らの過失はない。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1(本件事故の発生、但し、被告が訴外昌子と衝突後、同人をそのまま放置し逃走したこと及びそのため同人が死亡するに至つたことを除く。)は当事者間に争いがない。

2(一)  右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし四、乙第一ないし第四七号証、被告本人尋問の結果を総合すると、次の(1)ないし(3)の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、名古屋市熱田区南一番町二二番五号先をほぼ南北に通じる国道一五四号線と、これを横切り東西に通じる市道東海通線の交差する通称千年交差点の南側横断歩道上であり、信号機により交通整理が行われていること、現場付近の道路状況は別紙図面のとおりであり、国道一五四号線は歩車道の区別があるアスフアルト舗装道路であり、車道は中央分離帯により東側南行車線と西側北行車線(各三車線ずつ)に分けられ、最高速度が時速五〇キロメートルに規制されていること、交差点南側には幅四・八メートルの横断歩道が設けられていること、現場付近には街路灯が設置されやや明るい状況で視界は良好であり、右横断歩道は本件交差点の約一四三メートル手前北側から確認可能であつたこと、事故当時の交通量は比較的多かつたこと、

(2) 被告は、加害車を運転し、国道一五四号線を時速約八〇キロメートルで南進し、本件交差点の北側約八〇メートル手前の地点で対面信号機を見たが、その時同信号機は青色を表示していたこと、被告はそのまま同交差点を直進通過できるものと考え、速度を時速約九〇キロメートルに上げ進行したが、交差点入口付近で対向車線から右折した乗用車に気をとられ、前方の注視を怠り、同交差点南側横断歩道の北側手前約一七・五メートルの地点で初めて訴外昌子の乗つた自転車を発見したこと、直前で自転車を発見したためブレーキを踏む余裕はなく、ハンドルを左に切つて避けようとしたがまにあわず、被告車の右前部を右自転車の前輪左側面に衝突させ、訴外昌子を被告車の右側サイドミラー辺りではね飛ばし、同人に重傷を負わせたことを認識しながら逃げてしまえばわからないと思い、自車を停止させ、同人の救護措置をとることなく現場から逃げ去つたこと、被告は現場から約二九五メートル南進した地点で逃走を中止し、現場に戻る決意をし、現場から約五五五メートル南側の地点でユーターンしたこと、現場に戻る途中、現場の約九七メートル南の歩道上にある公衆電話ボツクスで警察に架電しその後、現場に戻つたこと、

(3) 訴外昌子は、その対面信号が赤であつたにもかかわらず、自転車に乗つて本件交差点の南側横断歩道を西から東に向かつて進行していつたが、横断歩道を東に約一五・二メートル進行した地点で、時速約九〇キロメートルで南進してきた加害車両に左側から衝突され、自転車は約三三・三メートル南側まで飛ばされ、訴外昌子も南側に飛ばされ本件交差点の南側の国道一五四号線の車線上に転倒させられたこと、被告に放置されたまま路上に倒れていた訴外昌子は、被告が現場に戻つてくるまでの間に国道一五四号線を南進してきた後続車二台によつてれき過され、そのころ、同所で脳挫滅創、内蔵破裂等により死亡するに至つたこと

(二)(1)  被告は、本件事故について加害車両以外にも訴外昌子をれき過した車両があつたと考えられ、被告の行為(本件事故)と訴外昌子の死亡との因果関係は希薄であると主張するが、前記認定のとおり訴外昌子は加害車両に衝突され、本件交差点の南側の国道一五四号線上に転倒させられたが、被告は訴外昌子が重傷を負つたことを認識しながら、同人の救護措置をとることなく現場から逃げ去り、被告が本件事故現場に戻つてくるまでの間に、訴外昌子は国道一五四号線を南進してきた後続車二台によつてれき過され、そのころ同所で脳挫滅創、内臓破裂等によつて死亡するに至つたものであるから、被告の行為と訴外昌子の死亡との因果関係が認められ、右被告の主張は理由がない。

(2)  被告は、加害車両の衝突により即死又はそれに近い状態であつた可能性が高く、仮に被告が事故直後、救護措置をとつていたとしても訴外昌子の死亡は避けられなかつた旨主張する。しかし、成立に争いのない乙第四八号証によれば、訴外昌子の死亡は交通事故による全身れき過のための内臓破裂であること、第一加害車両(加害車両)との衝突後、路上へ転倒し、第二加害車両により全身をれき過されているもので、重大な損傷はほとんどすべてれき過に由来すること、第二加害車両によるれき過損傷とくに胸郭の粉砕骨折による損害部分において、明瞭な筋肉内出血が出現しており、また、縦隔部に出血を伴つていることなどから、たとえ瀕死の状態であつたにせよ、第二加害車両によりれき過された時点でなお生存していたと判断できることが認められ、さらに、成立に争いのない乙第三六号証によれば、加害車両の損傷部位は前部右側端部分であることが認められ、右各事実からすれば自転車に乗つた訴外昌子が時速約九〇キロメートルで南進してきた加害車両に衝突し、はね飛ばされたからといつて直ちに即死又はそれに近い状態であつたと直ちに断定できないところである。

したがつて、被告が、事故直後、救護措置をとつたならば、後続車両のれき過を防ぐことができ、そして、直ちに適切な医療措置を講ずることにより訴外昌子の死亡を避けえた可能性があつたというべきであるから、被告の右主張は理由がない。

また、被告は、本件事故現場は夜間でも非常に交通量の多い幹線道路であり、事故当夜もかなり交通量は多かつたのであるから、被告が仮に事故直後に救護措置をとろうとしても間に合わず、後続車両にれき過される可能性が高かつた旨主張するが、前記2(一)掲記の証拠によれば、被告が事故直後救護措置をとれば、優に訴外昌子を後続車両のれき過から防げたことが認められ、右主張は理由がない。

二  権利の承継

成立に争いのない甲第四ないし第六号証によれば、請求原因(被害者の権利の承継)2の事実が認められる。

三  責任原因

1  請求原因3(一)(運行供用者責任)の事実については当事者間に争いがない。

2  請求原因3(二)(不法行為責任)について判断するに、前記一で認定した事実によれば現場付近の国道一五四号線は最高速度が時速五〇キロメートルに規制されており、本件交差点には横断歩道が設置されているのであるから、被告は本件交差点に進入するにあたり、右最高速度を遵守し、進路前方を注視して安全を確認しつつ進行すべき注意義務を負つていたものといわねばならない。しかるに、被告は、右注意義務に違反し、制限最高速度を超過する時速約九〇キロメートルの速度で、しかも対向して本件交差点を右折した自動車に気をとられ、進路前方の注視、安全確認を欠いたまま、本件交差点に進入した過失があるものといわねばならない。

加えて、被告は、自車を訴外昌子の自転車に衝突させ、同人を路上に転倒させたことにより、直ちに同人を救護し、二次的な事故の発生を防止する義務があるにもかかわらず、これを怠り、同人をそのまま放置して逃走し、その結果、被告が現場に戻るまでの間に、後続車により同人をれき過せしめ、もつて同人を死亡に至らしめた事実は被告の重大な過失に基づくものといわねばならない。

したがつて、被告は民法七〇九条に基づき、原告らが本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  逸失利益 一〇一五万九三〇二円

原告利男本人尋問の結果によれば、訴外昌子は民踊の師範として毎月一一万円から一三万円の収入を得ていたこと、及び訴外昌子の夫である原告宗範は昭和五二年七月脳血栓症で倒れ、その後左半身麻痺のため、就労不能となり、訴外昌子が扶養介護していたことが認められる。そこで訴外昌子の逸失利益については、女子労働者の平均賃金二一三万一二〇〇円(昭和五九年度賃金センサス産業計女子労働者学歴計六〇~六四歳)をその基礎とするのが相当であり、生活費控除については四〇パーセントを相当とし、また就労可能年数を平均余命(昭和五九年簡易生命表によれば二〇・四〇年)の約二分の一である一〇年とし、その新ホフマン係数七・九四四九を採用して年五分の中間利息を控除して計算するのが相当であり、その逸失利益は、次の計算式のとおり一〇一五万九三〇二円となる(但し、計算にあたつては、円未満は切捨てる。以下、同じ。)。

213万1200円×(1-0.4)×7.9449=1015万9302円

2  慰謝料

(一)  訴外昌子の慰謝料 六〇〇万円

訴外昌子は前記四の1のとおり左半身麻痺により歩行も困難で就労不能の夫宗範をかかえ、夫宗範にとつては同人が唯一の介護者であつたという家庭の状況、本件事故の態様が、被告が訴外昌子に対する救護措置を怠つたため、さらに後続車二台にれき過されるという凄惨なものであつたこと、その他諸般の事情を併せ考えると、訴外昌子の精神的苦痛を慰謝するには、前記一の2認定のとおり本件事故惹起について訴外昌子が赤色信号を無視して横断歩道を自転車に乗つて横断した過失がある事情を考慮しても、六〇〇万円の慰謝料を認めるのが相当である。

(二)  原告宗範の慰謝料 三〇〇万円

前記四の1認定の事情及び原告利男本人尋問の結果によれば、原告宗範は子供がなく、左半身麻痺で、同人にとつて訴外昌子が唯一の介護者であり、昭和五九年五月腰椎骨折を起こし、訴外昌子の介護をさらに必要となつたことが認められる。右事情から訴外昌子に前記一の2認定のとおり本件事故惹起について訴外昌子が赤色信号を無視して横断歩道を自転車に乗つて横断した過失がある事情を考慮しても原告宗範の妻訴外昌子を失つた心痛を察すれば、訴外昌子自身の慰謝料とは別個に原告宗範固有の慰謝料として三〇〇万円を認めるのが相当である。

3  葬儀費 九〇万円

本件事故と相当因果関係にある損害として被告が負担すべき葬儀費は九〇万円が相当である。

五  抗弁(過失相殺)について

前記一の2の認定事実によると、訴外昌子は、本件交差点において対面信号の赤色の表示にしたがつて右交差点を横断してはならない注意義務を負いながら、これを怠り、自転車に乗つて右交差点に進入して横断進行したところ、本件事故に遭遇したのであるから、本件事故の発生については訴外昌子にも重大な過失があつたといわなければならない。

しかし、前記一の2認定のとおり、被告は制限速度時速五〇キロメートルのところを時速約九〇キロメートルで走行しているにもかかわらず、本件交差点付近で対向車線から右折した乗用車に気をとられ、前方注視を怠つた過失があり、そのため同交差点南側歩道を西から東へ自転車に乗つて横断していた訴外昌子の発見が遅れ、急制動の措置をとる余裕もないまま同人に衝突したこと、及び、被告は訴外昌子が本件交差点の南側の国道一五四号線上に転倒し、同人が重傷を負つたことを認識しながら、同人の救護措置をとることなく、現場から逃げ去り、そのため被告が本件事故現場に戻つてくるまでの間に訴外昌子は後続車二台によつてれき過され、脳挫滅創、内臓破裂等によつて死亡したこと、さらに被告が事故直後救護措置をとつたならば、後続車両のれき過を防ぐことができ、適切な医療措置を講ずることにより訴外昌子の死亡を避けえた可能性があつたことから、被告にも本件事故及び訴外昌子が死亡したことに重大な過失があつたというべきである。

右の被告及び訴外昌子の各過失の内容、程度、双方の車種の違い、本件事故の態様、その他諸般の事情を併せ考えると過失相殺として原告らの損害額の五割を滅ずるのが相当であると認められる。

そして、過失相殺の対象となる損害額は、前記四の1、3で認定した逸失利益一〇一五万九三〇二円と葬儀費九〇万円の合計一一〇五万九三〇二円であり、右合計損害額は五割の過失相殺とすると五五二万九六五一円となる。なお、慰謝料については、前記認定のとおり本件事故により訴外昌子はあまりに凄惨な死亡に至つた事情により一率に過失相殺により減額することは公平の理念からしても適当でなく、訴外昌子にも信号無視して横断した過失をも考慮して慰謝料額を算定したので、改めて過失相殺しない。

六  損害の填補について

請求原因5の(一)(原告らが一二九九万一七〇〇円の支払を受けたこと)については当事者間に争いがない。

原告利男と同照三は、訴外昌子の損害賠償金として前項の五五二万九六五一円と同人の慰謝料六〇〇万円の合計一一五二万九六五一円の八分の一である一四四万一二〇六円の損害賠償債権をそれぞれ相続により取得したが、右損害の填補(なお、相続分に従えば、一六二万三九六二円となる。)によりすべて弁済されたこととなる。

原告宗範は、相続による右訴外昌子の損害賠償金合計一一五二万九六五一円の四分の三である八六四万七二三八円と、同原告固有の慰謝料三〇〇万円との合計一一六四万七二三八円の損害賠償債権を取得したが、右損害の填補として一二九九万一七〇〇円から右原告利男、同照三への弁済分合計二八八万二四一二円を差し引いた一〇一〇万九二八八円が原告宗範に弁済されたことになるから、残損害金が一五三万七九五〇円となる。

七  弁護士費用

原告らが前記残損害金の任意の支払を受けられないため、原告ら訴訟代理人弁護士に委任して本訴を提起、遂行してきたことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易、前記認容額、訴訟の経緯等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては原告宗範について一五万円が相当因果関係があると認められる。

以上により、被告は、原告宗範に対し、前記残損害金一五三万七九五〇円に弁護士費用一五万円を加えた一六八万七九五〇円の支払義務がある。

八  結論

よつて、原告宗範の本訴請求は、一六八万七九五〇円及びこれに対する昭和五九年三月三〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒谷孝雄)

別紙 〈省略〉

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